月山へ2013

2013/ 09/ 11
                 

山形県中央部に位置する日本百名山に選定されている月山へ出かけてきました。

標高1,500mの湯殿山、418mの羽黒山とともに出羽三山のひとつに数えられ、山岳信仰の山として知られています。1984mの山頂には月山神社が鎮座し、多くの修験者や参拝者が訪れています。

 

7月末まで夏スキーが楽しめることでも知られています。

リフトで一気に標高1500mまで登ります。ここから登山開始!最近左膝が痛むことがあるので不安を抱えつつ・・・スタ~ト!

 

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振り返ると自分が歩いてきた道筋がはっきりと見えます。

あ~こんなに歩いてきたんだ~

最初の登りで心拍数が上がってゼェゼェしていた時はまずいなぁ~登れるかな、と思っていたのですがお友達のアドバイスや励ましもあって不安が徐々に解決されて歩ける自分を認めてあげたくなったり?

 

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9月というのに月山はお花がいたるところで咲いていて、帰り道はリフトを使わず楽しみながら下山することができました。

 

中でも私がきれいだなぁ~と思ったのはモミジカラマツの花。繊細な複数の白が美しい。夏という季節にやってきた雪のようです。

アザミの花にもふわふわとしたおしりのミツバチがとまっては飛んでとまっては飛んで

いました。忙しいミツバチの後ろ姿がなんともかわいらしい。一生懸命です。

 

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残雪が残る登山道を下るのもお花を見ながら、そして雪解け水の音を聞きながら歩きます。

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実は、今日9月11日はちょうど去年私の母が手術をした日でした。

執刀医の先生から無事手術が終わりました、という電話を家族控室で待つまでの時間の長かったことといったら!

普段忘れっぽい私がこの入院生活の前から退院までのひとつひとつをはっきりと記憶しているのです。その時の夫の姿、父親の姿、子供の姿、医師・看護師の皆さんの姿、ご近所さんの姿、そして母の姿、不思議ですがはっきりと、スローモーションのように記憶しているのです。

 

一番記憶に残っているのはICUで喉に呼吸の管が入ったままの母の姿です、今でも思い出すたびに涙が出ます。ICUでの面会時間は約10分と決まっています、術後翌日の朝の7時の面会は看護師さんから多分目を覚ますことはないだろうから次回の11時に来たら?・・と言われていたのですが、手術を終えた晩は自宅に戻っても一睡も出来ず・・・面会できるなら、と朝の7時から行くことにしました。

 

案の定、母は眠っていたんですが、看護師さんが「〇〇さん、お嬢さんが来てるわよ、心配で来たんだって。」

声をかけると母は目を開けてこちらを見てくれました。おそらく喉に管が入って苦しいだろうに、手を出して握りしめてくれました。その時、私の手のひらに一生懸命指で文字を書いてくるんです、何度も何度も書くけれど、なんて書いているのかわからない、何度も何度も試して、私が読み上げては頷いて読み上げては首を振って、そうこうしているうちにようやくわかったのが

 

「びょうきにかったよ」

 

母が手術を勝負と感じていることに本当に驚きました。私の中に勝ち負けという発想がなかっただけに母らしい一言だったな、と思ったのです。幼い時からいつも強い母の姿を見ていました。でも、その時の母は強さがありながらも時に繊細な、神経質な一面も娘の私にさらけ出さざるを得なかったんです。ICUでの術後の経過の際には一部の方が経験するという幻覚や幻聴に、母も悩まされたからでした。

 

退院後自宅療養中も幻覚が出てくるのはかわいそうでした。

和らげるためにガラスの扉のある茶箪笥や鏡などのある部屋にしない、または布などで隠す、窓ガラスの小さな部屋にする、窓を隠す、などの方法を取り入れてみたり・・・TVの画面もよくないというのです。おそらく背景が映りこむガラスやプラスチックの素材、視力や認知の問題が契機となってしまうのでしょう。

それでも、運動、食事、薬、リハビリ、通院、なんでもできる事は努力していこうね、と決めて頑張りました。私もここまでお酒を一滴も飲みませんでした。夜中、いつ電話がかかってきても行けるように、お酒の好きな父に安心して飲んでほしいな、というのもあって、母には内緒でしたが大丈夫だから、いつでも飲んでいいよ、という気持ちでいました。

でも、本人も周りも疲れたな~、辛いな~って時が何度もあるんです。

もう、やんなっちゃったなぁ~と。

 

そんな時に母のICUで私の手に書いてくれた姿を思い出すのです。そのことを母に話しても母は全く覚えていないんですね、母は無意識のうちに書いていたんです。麻酔のきれるかきれいないかの境目のところに意識があったのでしょう・・・

 

「生きること」に貪欲でいこう、そう思えたのはそんな母の姿でした。

 

月山に登って振り返ると、自分がさっき登ってきた道が見えました、当たり前ですが登ったから見えるんですよね、ぜえぜえ言っていたけれど、ここまできたんだなぁ~、と。

そういえば、この一年、他の人の姿ははっきりと覚えていたのに自分の姿は全く記憶にありませんでした。きっと夢中でいたのでしょう・・・

 

月山を目指しながら、ふと振り返ると一年前の自分の姿がはっきりと見えていました。

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コメント

        

No title
登山ですか~、いいですね~
私も若い頃にはよく登りましたが、、、
(結婚記念日は登山!と決めていて15年くらいは続けていました。)
夏山のお花が素朴で可愛いですね^^

お母様の手術のときの様子に涙が出てきます。
家族一丸となって乗り越えられたのですね。
辛い経験だったと思いますが何よりもお母様がお元気になられたことと、
周りのご家族もますます逞しくなられたのではないですか?
そうそう、登山っていろんなことを振り返る機会でもありますね~
こんにちは~
私も思わず涙が・・・
良い言葉も見つかりませんが
あの時のありんこちゃんの一生懸命にお母さんの
お世話していたことだけは私も記憶に残っています
お母さんはもちろんですが・・・
ありんこちゃんもほんとによく頑張りましたね~
月山に登ってふと振り返った時に思い出したんですね~
良いお話しでした
onepatchさんへ
ありがとうございます、一年母もよく頑張ったなぁ~と思いました。
山登りで自分のことも振り返ることができたなぁ~と感じました。
ピッピさんへ
ピッピさんありがとうございます。
母もよく頑張ったなぁ~と思いました。
一年はあっという間という気持ちとようやく一年、という気持ちの両方の気持ちがあります。